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因果鉄道 [架空鉄道]

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 487系のスタイリングがぜんぜんまとまりません。とりあえず現状は上の画像で決定稿としていますが、決して満足しているわけではありません。
 俺の中で487系のスタイリングの何が気に入らないかと言うと、因果がつながってない点にあります。JRツアーズは発足時に485系を承継した。485系の運転台は居住性において特に問題はないということで、585系「ウルトラバイオレット」や555系「シャングリ・ラ」に受け継がれます。485系の因と585系の果がここにつながるわけです。前作のよいところはいじらず、ネガを新しくする。これが因果だと思っています。
 487系は485系の因として、車両が鈍重だという点をステンレス鋼にすることで改善しました。ここは因果がつながっています。しかし、運転台は485系で問題がないのだから、485系に似せることが因果律から言えば正しいはずです。
 しかし、487系はそうならなかった。好景気時代の車両なので、サービスという考えが前面に出て、前面展望を考慮した正面形状になるわけですが、このばあい因の存在を明確にしないと、納得できるスタイリングにならないわけです。
 487系の場合は、487系登場以前はJRツアーズではないので因果律を国鉄に求めなくてはなりません。ではどれを求めるのが適切か?

 現在はそんな感じで487系に関しては手詰まり感を感じています。因果律のない車両架鉄なんてやる気はありませんしやる価値もありません。ちゃんと国鉄~JRの因果律を確立しつつなお、JRツアーズらしさが出た車両でなくてはなりません。
 そんなわけで487系のスタイリングにはしばらく悩むことかと思います。



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それではよいお年を [架空鉄道]

 今年は前半が加賀電鉄、後半がJRツアーズとふたつの架空鉄道の製作で終わりました。加賀電は加賀電でけっこう気に入っていたんですが、あるとき2chの架空鉄道スレッドの過去ログを呼んでいてこんな一文が目に入りました。

89 名前:名無しでGO!:2001/08/12(日) 23:38
>>87
てゆーか、全国規模の私鉄なんて
明治の鉄道国有化がなかったら・・というところからIfをはじめない限り、
ありえないんだから、その時点でカナーリむりがある。

 をはじめとする「全国規模の架空鉄道に対するあきらめ」みたいなものにカチンと来たんですね。歴史からいじらなければ全国規模の架鉄はできないみたいな考え方、どこから出てきたんでしょう。彼らにとっての架空鉄道ってのは、歴史と線路がないと架空鉄道ではないのかな? とか思ったり。
 そんな思いもあって、全国規模の架空鉄道をやろうと思ったのが今年の夏ごろ。団体旅客を専門に扱う旅客鉄道会社というコンセプトで練りこみをはじめました。全国規模の架鉄として無理があるかないかは閲覧者の判断に任せますが、自分なりに「全国規模の架鉄としてひとつの回答」にはなったのではないかと思っています。
 まだまだJRツアーズには、温めているネタがいくつもあるので来年ものんびりと楽しみたいところですが「そろそろ通勤電車も作りたいなあ…」とうずうずしていたりもします。

それではよいお年を
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つながるということ [サイト運営]

JRツアーズは、JR線に限らずJR線と接続している路線ならどこへでも乗り入れてしまう、架空鉄道で言うところの「乗り入れ厨」の権化みたいな鉄道です。地方私鉄規格で国鉄規格の大型車両が入れない路線でも、キハ76・77形式「イリュージョン」ならおそらく問題なく入り込めることでしょう。
ただし、やみくもにほかの架鉄に「ウルトラバイオレット」なぢ「とりのうた」が侵攻することはありません。俺がよその架鉄を借りるというのは、JRツアーズの世界観とマッチしたときに限定されるからです。あくまでもJRツアーズの世界を盛り上げる俳優として俺は、ほかの架鉄の要素をJRツアーズに取り込んでいます。
その条件とは何か。まず、1987年4月1日以降の世界を扱った日本国内の架空鉄道であることが条件となります。JRツアーズは1987年の国鉄分割・民営化とともに生まれた鉄道会社です。したがってそれ以前の時代を設定している架空鉄道とは世界観が合わないわけです。
次に、その世界にJRが存在していること。JRツアーズは国鉄の分割・民営化で生まれた会社ですから、JRに代わる大規模鉄道が存在している架空鉄道には入り込めません。
ここからは細かい話になりますが、たとえばJRと競合している、もしくはルートが似ている架空鉄道にも乗り入れはしないでしょう。たとえば北武急行電鉄にJRツアーズの団体列車が乗り入れることは考えづらいのです。あり得るとしたら水海道~筑波山間でしょうか(そこは北武急行じゃないぞ)。都心~前橋、都心~土浦ならJRの線路があるので勝手知ったるJR線を使うというものです。
JRツアーズはシナリオ、ほかの架鉄は役者。そう考えていただければわかりやすいかと思います。

以上を踏まえて

いろいろな世界で「コラボレーション」というものが流行っています。異なる分野や団体が共同で製作するという意味ですが、最近はゲームやアニメでもこの「コラボ」が目立ちます。お互いのファンが取り込めてダブルで盛り上がろうぜ、みたいな発想だとは思うのですがコラボによってそのゲームやアニメが持っている世界観は簡単に蹂躙されます。お祭りだからそれでいいじゃないかと割り切ってしまえればいいのですが、俺はどうも苦手です。
架空鉄道ではコラボレーションに近い考え方として「乗り入れ」があると思います。架鉄仲間の連帯のあかしとして乗り入れしようぜみたいなそんな感じ。そのときに各々が持つ世界観はきれいさっぱり無視されることがあります(あるいはそもそも確固たる世界観を持っていないのかもしれませんが)。
また、自分の架鉄に既存のアニメや漫画の設定を加える場合もあります。この場合はアニメや漫画の世界観に自分の架鉄を合わせることで不協和音を回避することはできますが、複数のアニメや漫画、ゲームの世界観を調整もせずにまぜこぜにした挙句、さらに自分の世界観に矯正するようなケースもあります。
こういった「世界観の蹂躙」に関して本人が楽しいのであれば、そしてそれが蹂躙される側の世界観に影響がなければそれはそれで問題はないのでしょうが、世界観を極めて大事にする架空鉄道に対してそれをやられると正直きついものがあります。コラボはあらゆる世界観を無視します。たとえば漫画が映画化するときに、世界観を無視して人気俳優をあてがうと原作のファンからたいへんなブーイングを受けます。ほかの架鉄の世界観を蹂躙して設定を利用するというのはつまり、元の世界観の否定に等しい行為なわけです。

世界観というのは各々が持つとても大切なものです。作品の核となるものといっても過言ではありません。他人から見たら稚拙に見える世界観だろうが、それはとても神聖なものです。それを合意も話し合いもなく世界観にケチをつけ、改変するような行為は制作者にとってたいへん失礼なことだということは、創作をたしなむ人ならわかってもらえると思います。
各々の世界をつなげるときは、念入りな世界観の分析と話し合いを。そしてすりあわせが困難な場合は結合をあきらめること。それこそがお互いの世界を尊重した行為だと思うのです。
架鉄の乗り入れがなくても作者同士はつながっているはずです。お互いの考え方を尊重するからこそ、つながらないという選択は必要なのです。


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限りある資源を大切に [架空鉄道]

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JRツアーズ、本体の方が全く更新されていませんが現在暇を見ながら様々な部品を作っているところでございます。部品がある程度集まれば、あとはそれを組み合わせてテキトーな画像がポコポコ生産されますので、きっとそれなりのペースで更新されるかと思います。
で、現在チョイとばかし困った問題が発生しております。
これまでたとえば前作の加賀電は3両編成、JR小名浜線もせいぜい4両編成でした。また通勤電車ということもあって造形が単純でポリゴン数もそれほどではありませんでした。加賀電800形も形的には正面以外単純です。
ところが、JRの特急車両ともなれば裾絞りの広幅車体、そして角もRを付けるなど、造形の手間は格段に上がります。手間がかかるということは当然データ容量も増えるわけでして、そこにとどめを刺すようにJRツアーズの車両は3~10両編成、「シャングリ・ラ」は7両固定編成です。ただでさえ容量がでかいうえに編成まで長くなったもんですからさあ大変。背景に使えるポリゴンの量が非常に少なくなってしまいました。
上の画像はキハ77、ウルトラバイオレット、シャングリ・ラを並べた芸のない画像ですが、こんな画像でもメモリギリギリです。しかもアングルを工夫してシャングリ・ラは4両、ウルトラバイオレットは2両しか乗せていませんし、線路なども見えない部分はどんどん削除しています。
これからは背景を少ないポリゴン数でかっちょよく見せる技術が必要になるわけで、そんなところからも小物づくりに手間がかかっていたりするのです。

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585系もいじっちゃえ [架空鉄道]

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仕事が忙しいと架空鉄道の制作意欲がモリモリとわきますね。
それはさておき555系「シャングリ・ラ」のスタイルを変更した俺ですが、「シャングリ・ラ」の登場が2002年、585系「ウルトラバイオレット」の登場が2005年という設定に対し、あまりにもスタイリングに関連性がないではないかということが気になり始めました。おそらく3年というブランクであれば車両の企画した人間にそう顔ぶれは変わらないはず。であればスタイリングに関連性がないとどうも収まりが悪いんですね。
もともと正面の造作に不満な部分も結構あったので「ウルトラバイオレット」もええいこの際だ作り直しちゃえ! とばかりに作り直しを始めました。やっぱり架鉄車両は自分が気に入ったスタイルがいちばんです。仕様を優先してスタイルを制限するなんて息苦しいにもほどがあります(最近心の中の棚を新調しました)。

……とはいえ、最低限の仕様はいじらずにいきたいところです。あくまでも585系は「儲けを出す電車」ですので、無駄に経費をかけず、メインテナンスコストも極力小さくするのが筋。とはいえ多少の色気は必要経費というバランスを大事にしたいところです。
まあそんなことを自分に言い訳しながらゴリゴリとポリゴンをいじっているわけですが、いじればいじるほどJR北海道のスタイリングに近づいてしまうんだよね……。それだけキハ281形式のスタイリングは完成度が高いってことなんだけどさ。

手戻りが多いとなかなか先に進まないものですが、作る側としては「それはそれで楽しかったり」するんですよね。自分の頭の中には以下の形式が予定されていますが

485系8000番代「とりのうた」…公開
487系「エルドラド」…未着手
555系「シャングリ・ラ」…修正中
585系「ウルトラバイオレット」…修正中
キハ32形式…未着手
キハ76・77形式「イリュージョン」…制作中
キハ78形式(旧キハ53形式8000番代)…制作中
キハ170・171形式「菫色」…未着手
キハ172・173形式…未着手
82系「なごみ」…最後尾だけ

…先が思いやられます

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俺様大好き555系 [架空鉄道]

普段は車両のスタイルにあまり頓着しない俺ですが、フラッグシップトレインの555系「シャングリ・ラ」には多少の色気が必要かと思いいろいろ考えたのですが、人間慣れないことはやるものではありません。どうにもちぐはぐなスタイリングとなってしまいました。いろいろ思いを巡らせるうちに変な名前になってしまう、いわゆる「キラキラネーム」状態に陥ったわけですね。

だもんでちょっと頭を冷やして、あまりコンセプトとか考えないで自然体で自分の好きな形を作ろう。その方がなんぼかしっくりくるんじゃねえの? と思い作り直しを開始しました。業務用車両では自らのエゴや感性なんて入れるべきではありませんが、架空の車両なら話は別。俺が好きなスタイルの車両をババーンとぶち込んで何が悪い! という話です。まあそれでも機能にかかわる部分はいじりませんけど。
正面は部品の汎用性を無視してバルーン形状としました。シャングリ・ラは定期列車ではなく、旅客の思うがままに日本を彷徨う豪華列車です。そんな「ふわふわ」の象徴として気球をイメージしました、とでも言っておけば世間はごまかせます。本当の理由? 加賀電800形のスタイルが気に入ってるんだよ俺。

色はコーポレートカラーのジャーニーピンクをベースに、屋根部分をピアニーレッドで締めています。日本の象徴である日の丸の赤と旅をイメージするジャーニーピンクで「楽しい日本の旅をイメージ」し、先代の「なごみ」のグリーンに対する補色でもあり、「なごみ」を引き継ぎつつも新しいスタイルの提案をしたということにしておけば、きっと世の中は「ああ、そういうものか」と納得してくれると思います。本当の理由は「俺が好きな色が赤」だからです。

まあそんなわけで555系を作り直したわけですが、個人的には何気に気に入っています。とりあえずこれで外見はフィックスします。

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趣味性の違いは敵対じゃない [サイト運営]

音楽バンドが解散するとき「音楽性の違い」という言葉で解散の理由を語ったりもしますが、音楽に人生をささげている人間にとって音楽性が異なる人間とは仕事ができないということなのでしょう。しかし、音楽性が違う=人格の否定ではありません。持っている価値観は異なりはするけどその価値観は尊重する、それゆえに別れるわけです。だから解散しても仲がいいというのは不思議なことでも何でもありません。
以上を踏まえて
架空鉄道の作者が集まって年2回やっているオフがあり、これまでずっと俺も参加をしていましたが、今年の夏のオフ会は参加しませんでした。漠然と自分の架鉄感と周りの架鉄感との間に折り合いがつかなくなってきたな、というのを感じ始めたからです。それが何であるかは語るべきではないと思うし語る必要もないと思いますが、俺が楽しめないのであれば参加する理由はありません。しかし、オフ会以外の場所、たとえばtwitterでは今まで通り架鉄の話をしています。なぜならこの場所は俺の違和感を感じない部分だけで交流ができるからです。思想の違いは敵対ではないのです。俺が政治の話を極端に嫌う理由はこれができない人間が多いからなんですが、それはまた別の話。
おそらく架鉄のオフ会には今後も参加しないでしょうし、価値観の溝が埋まることは今後もないと思っています。でも、価値観がそろう部分は今まで通り交流する。俺はそれがいちばん楽なんじゃないかなと思います。

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