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お前は人に飯を出すとき、テーブルに素材をぶちまけるのかという話 [サイト運営]

はじめに
twitterフォロワーの皆様へ。ぶち切れた口調で書くのは演出上の問題で、普段はたいへんおとなしい俺、サマンサです。

で、twitterでもぶちきれたんですが、架空鉄道ジャンクションに架鉄を登録しているときにうんざりしていたんです。俺は基本的に架鉄の出来について言及はしません。優れた出来の架鉄を褒めることはあっても箸にも棒にもかからない架鉄をくさしたりはしません。が、俺も一人の人間ですので、ブチ切れることはあります。
何にうんざりしたかといいますと調理法。架鉄サイトを作る以上は少なからず人に見せるためにアップロードするのだと思います。人に見せるということは「相手のことを考えてサイトを構築する」ということです。内容に関しては個人の好みがありましょう。だからそっちでは好みを全面的に押し出せばよろしい。その味付けに口が合わない人も出るでしょうがそれは相性の問題。気にする必要はありません。

しかし、ブログでカテゴリわけもせず、情報の断片をロクに整理もせず垂れ流すだけというのは正直「閲覧者なめてんのか」と思います。くどいようですが内容については一言も吟味していません。それ以前の話です。
ブログを使うにしたって路線・車両・沿革・システムなどにカテゴリわけをしたり、いったんアップロードしたものを再編集して見やすくすることは不可能ではありません。そういった努力を放棄して多くの人に見てもらおうというのは虫が良すぎる話です。また、未完成部分にリンクを貼って平気で404を見せる神経も理解できません。コンテンツが出来ていないのならリンクを貼らなければ言いだけの話なのに、なぜわざわざリンクを貼るのか。理解に苦しみます。
細かいことにうるさい奴だと思うかもしれませんが、人をもてなすとはそういうことです。見やすいように項目を整理するのは、料理を小皿に取り分けるようなものです。整理がなっていないサイトというのは、テーブルに料理の材料をぶちまけて、そのくせ何も乗っかってない皿(404)までテーブルに乗っかっているようなものです。その状態を「客をもてなした」状態だと思うならちょっと考え直したほうがいい。これは明らかに「客を馬鹿にした」姿勢です。

人にモノを伝えるときは情報をしっかりと整理して、読者に内容以外の部分でストレスをかけないことが大事です。そして用意したコンテンツには最低限の説明もほしいですね。ただ駅看板を置いて「駅名標です」といわれても読者は「そうだねそれっぽいね」で終わりです。そこにわざわざ紹介した理由くらいは書きましょうよ。この看板が紹介に値する理由があるからアップしているわけですよね。
もし「それほど理由はない」というならばっさり撤去することをお勧めします。余計な情報は読者を混乱させます。あなたが架鉄を通して読者に何を伝えたいか優先順位をつけ、優先順位の高いもの3つくらいにリソースを集中して構築したほうが読者には伝わるんじゃないかと思います。もしそれ以上のことを読者に伝えたいのであれば、コンテンツを細かく切り分け、時間をかけて構築していくしかありません。そのこと自体は否定しませんが、サイトデザインをかなりしっかりとしないと読者は見てくれないと思います。

ブログのおかげでサイト構築は簡単になりました。しかし、簡単になったのであれば読者に対する「見やすさ」を考えることであなたのサイトはもっともっと多くの人と共感の輪を広げられるでしょう。
もっとも、俺みたいに最初からいろんなものを放棄するというやり方もありですが

共通テーマ:趣味・カルチャー

人は言葉で人を切り刻みながら生きている [サイト運営]

言葉を発する以上、人を傷つける覚悟が必要です。
それはサイト運営においても同じこと。俺がなんとも思わない言葉でも、相手はものすごく傷ついたなんてことは日常茶飯事です。たとえば俺は俺のサイトを「ステキなサイトですね」なんていわれたらひどく傷つきます。要するに中身には興味がなかったわけで、彼に取っては俺のサイトなど見るに値しなかったのだからテンプレートの感想をよこした。俺はそうとらえます。
それはひねくれていると思うなら、それはあなたがひねくれものの人格を否定すると言う表明にほかなりません。もちろんその考えを俺は支持します。しかし俺はあなたを蛇蝎のごとく嫌うでしょう。あらん限りのネガティブな気持ちで怨嗟を送ると思います。

言葉は人を傷つけます。しかしそれを恐れる必要はありません。
人を傷つける覚悟を持って言葉を選び、傷つけた事実を胸に刻みつけ、今後はより洗練された表現を目指せばいいだけの話です。
嫌われないように配慮する……いい人でありたいという気持ちもわからんではありませんが、それはあなたの表現力を鈍らせます。切れ味のよい刃物は人を傷つけてしまう一方で、本来の仕事である「切る」という能力にかけては人を魅了するように、切れ味のよい言葉は人を魅了します。
逆に、いろいろなものに配慮してエッジを鈍らせた刀はナマクラです。どんなに見た目を飾ろうとそれはただの模造刀。本物にはなれないのです。もちろん模造刀を本物のように見せることは可能ですが、それは職人芸です。誰もが六研のモデルガンを作れるわけではないのです。切っても切れない安全ナイフが関の山です。

webサイトを作るとき、人を傷つける覚悟を忘れないでください。
覚悟を決め、表現を磨き続ければ、あなたの言葉は輝きます。
そしてそれはいつか、妖刀のように人々を魅了するでしょう。

俺は言葉を磨く努力は惜しみませんが、配慮する努力は放棄します。
だから俺の言葉で傷つく人もいるでしょう。錆びた刃で切られれば痛みもハンパないですから。
でも俺は、エッジを研ぐことをやめませんし、貝になるつもりもありません。

共通テーマ:趣味・カルチャー

人の架鉄にゃあ口出さないつもりだけど [サイト運営]

架空鉄道ジャンクションは、架空鉄道のサイトでSNSなど特定の人への公開を目的にしたもの以外はすべて掲載する方針を立てています。例えそれが反社会的であろうが途中でほおりだされていようが、俺の主観は一切排除して掲載しています。俺は俺自身の感性とやらをまったく信じていませんので、俺が「うわ最低だなこのサイト」と思っても、それは単なる俺の主観であり客観的に見れば優れたサイトであるという可能性を否定できないからです。

それでもここ最近は、盛大にリンク外してやろうかと思いました。

東北地方太平洋沖地震で、被災地域は大きな被害を受けました。地域によっては復興のめどすら立たないところもあります。財産を失ってしまった方、大切な人を失ってしまった方、将来を失ってしまった方、とにかくいろいろなものを自身と津波は奪い去っていきました。そんな方たちに俺が言葉で何を言ったってどうにもなりません。できる範囲で手助けをすることだけです。
それは俺がしかるべきところでしかるべき手続きを踏めばいい。だから架鉄サイトには一切記述しませんでした。これは俺の考え方なので、他人もこうあるべきとは思いませんし、俺にこうしろと指図を受けるいわれはありません。

しかし

http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/auto/6223/1299987881/

このスレッドを見て、ここに書き込んでいる連中のサイトは全部リンクをはずしてやろうかと思いました。どんな反社会的なサイトでも乗せる方針ですが、さすがにこんなバカ野郎と同列に並べたら他のサイトに失礼だと思ったんです。
しかし、バカ野郎ってのは俺の主観であり、その主観でリンクを外すことは、ジャンクションの方針に反します。てめぇの矜持をまもれないというのも恥ずかしいので一応リンクはそのままにしてあります。

でもあえて言います。

バカどもが……

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俺が他人とつるまない理由 [サイト運営]

 うさ急を除いて俺は他人と架鉄においてつるむことをよしとしません。うさ急はいいんだ。アレは「一切の要素を否定しない」というコンセプトで作られているから、外的な影響がいくら入ろうがそれを飲み込むのが目的。まあ、うさ急に乗り入れる架鉄なんてよっぽどの物好きだと思うけど。
 一方でJR小名浜線もそうだし、次の架鉄もそうだけど、こちらは他人とつるむつもりは一切ありません。乗り入れとか共同運行などもしません。もちろん俺の架鉄を他人に触らせないというのもありますが、俺の中では「趣味における共同作業はろくなことにならない」という信念があるからです。この考えに反論する人ももちろんいるでしょう。別にそれはかまいませんし、うまくやっているのなら俺がとやかく言うことではありません。だけど俺はやりません。

 たとえば共同運行をして、気に食わない点があったとします。たとえば俺は車両の側面図だけポンと置いてあるのが嫌いです。普段俺は車両と風景をあわせて鑑賞していますので、風景のない車両というのが許せません。もちろん他人の架鉄がどうあろうと知ったことではありませんが、共同運行すれば相手の架鉄に風景がないというのがとても気になります。でも俺はその架鉄に「悪いんだけど車両の背景に風景つけてよ」とはいえません。それは他のサイトへの干渉になるからです。ですから当然我慢します。すると「好きなことやってるのに何で俺我慢しなければいけないの? 」と心の中に暗雲が立ち込めます。そうなると不思議なもので、今まで楽しかったものが嫌いになってしまいます。

 俺が感想や意見をもらうことを極端に嫌うのも同じ理由です。その感想は本心なのかそれとも社交辞令なのか、どちらにしても自分の架鉄について何か言われたのなら返事のひとつもしなくてはなりません。こちとら遊びでやっているのに、何でそんな面倒なことをしなくてはならんのでしょうか。
 仕事や生活面においてのコミュニケーションは大事ですが、なぜ遊びにまでそんな煩わしいことに翻弄されなくてはならないのか。まったくもって理解できませんし、したくもありません。

 もちろん俺のいないところで俺の架鉄をくさしたりけなしたりするのは大いに結構だし、俺の目の前で架鉄を罵倒してもかまわないんです。それは作品を見たものの権利ですから、俺がそれを妨げる資格はありません。それが嫌ならwebなんかにあげなければいい。「嫌なら見なければいい」なんてのは製作者の甘えだと俺は考えています。
 しかし、その「意見」や「感想」とやらに俺が答える義務はありませんし、見ない自由があります。俺は趣味におけるコミュニケーションというものの必要性を1ミリたりとも認めてはいないので、交流を拒否するというわけです。

 趣味はマイペースでやるのがいちばんです。
 そして「何が正しいのか」ではなく「自分はどの道を選ぶか」が大事なんです。
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